財務省は何故、殺人緊縮マシンと化したのか

2021年11月26日

藤井聡の「財務省は何故、殺人緊縮マシーン化したのか」
経営科学出版の講座「悪の哲学 ニヒリズム官僚主義」より

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あなたは不思議に思った事はありませんか?
なぜ財務省は緊縮財政に拘り続けるのか?なぜ国の成長よりも財政均衡の事ばかり気にするのか?
なぜ国民の命よりも守る必要のないPB黒字化を達成しようとするのか?

単純に出世のためと言う説もあります。
実際、増税を実現した官僚は出世すうるようですし・・・
財務官僚と関わる機会のある識者も、そう分析しています。
しかし、本当にそれだけなのでしょうか?
緊縮財政を進めれば進めるほど日本は貧困化していく。
「コロナ禍で収入が途絶えた人にお金を配らなければ、野垂れ死にする」「最悪の場合、自ら命を絶つ人もいる」
財務官僚もバカではありません。曲がりなりにも、東京大学法学部卒などのエリートぞろい。
こうした事が分からないはずがありません。もしかして、彼らは根っからの極悪人なのでしょうか?
そうではないでしょう。
「社会に貢献したい」と言う気持ちを持っていなければ、わざわざ国家公務員を目指す理由がありません。
官僚よりも給料が高く、拘束時間の短い仕事など他にいくつもあります。

実際、令和3年度の財務省財務局内定者はインタビューに対し、このように答えています。

Q。なぜ公務員を選んだのか?
「我が国の、他国と比べて生活しやすい環境、安全に暮らしていける環境をただ享受するだけでなく、
その乾姜を維持、発展させるためにトップレベルで仕事をしたいと考えたため」
東京大学・文学部)

「幼少期から格差や貧困問題に関心があり、そういった構造的な問題を扱えるのは
民間よりは公務員かと思いました」
東京大学大学院・公共政策学部)

「魅力ある地方が衰退しつつある現状を肌で感じ、この状況に対して自己の利益にとらわれない
公的な立場から何らかの働きかけをしたいと思ったからです」
東京大学・文学部)

「国家公務員であれば、長期的な視点に立ち、企業の経済合理的な行動から生じるマイナス面を
カバーできるからです。その役割は多大な責任を伴いますが、国家公務員にしか出来ない
仕事であり、そこに大きな魅力を感じ、最終的にこちらを選ぶことにしました」
立命館大学・経済学部)

「私は社会を長期的持続的に発展させるような職に就きたいと考えていました。様々な
部署で経験を積みながら公益のために尽力出来るという点から公務員が私の志向性に
合致していると考えました」
大阪大学・文学部)

いかがだったでしょうか?
10人中10人が「国のため」と考えているとは言いませんが、そうした想いを抱く人材が入省していると言うのは事実でしょう。
にも関わらず、財務省が殺人緊縮マシーンと化しているのは何故でしょうか?
それを解き明かすための重大なヒントを与えてくれるのが、ナチスドイツによるユダヤ人大量虐殺という悲劇です。
約600万人のユダヤ人を虐殺したとされるホロコースト
その枢要な役割を担った幹部アドルフ・アイヒマンは、イスラエルでの裁判で終始一貫してこのような発言をしていました。
「自分は上からの命令に従っただけである」
「その命令を覆す権限は自分にはない」
つまり、「全ては命令を行ったヒトラーが悪い。自分には責任がない」と主張したのです。
その姿は、おおよその予想を裏切り、極悪人でも何でもない、みすぼらしい、禿げ上がった1人の小さな男でした。
ただし、彼が感情を露にするくだりが1つだけありました。
それは、彼自身がすこぶる真面目で有能であったにも関わらず、望んだ出世が出来なかった事を語る時でした。
彼は自らの評価が不十分で不当に出世が遅れた事に付いて、大いに不満を持っていたのでした。
つまり、彼は出世以外の価値判断が出来なくなり、組織の歯車として忠実に仕事をこなしているのに過ぎなかったのです。
そして、これこそが、ある組織の凶悪なマシーンと化し暴走するメカニズムなのです。
組織の構成員が歯車化し、誰も何も考えずに淡々と目の前の仕事に取り組み始めた時、暴走に歯止めがかからなくなるのです。
財務省が殺人緊縮マシーンと化すのも同じメカニズムなのです。
しかし、不思議ではありませんか?
何故、人は組織の歯車と化してしまうのでしょうか?
何故、自分たちのおぞましい行為に歯止めをかけられないのでしょうか?
実は答えはシンプルです。
精神が腐敗してしまっているのです。
これを哲学用語で「ニヒリズム虚無主義)」と言います。精神が腐敗してしまっているため、ロボットのように与えられた任務をこなすだけ。
明らかな間違いがあっても「組織の命令だから」とそのまま進み続けますし、
その結果、悲惨な事態が生じても「自分に責任はない」と知らんぷりを決め込めるのです。
実は、これは財務省ナチスの問題に限りません。
なぜ竹中平蔵のような国民の生活を犠牲にしてでも自らの私腹を肥やす存在があるのか?
なぜ大阪都構想のような、虚偽にまみれた主張に基づく破壊行為がまかり通るのか?
といった問題も根を同じくするのです。
また、これらは政治的な問題にとどまりません。
私たちの生活にも深く関係しています。
なぜ死んだ魚の目をしたようなサラリーマンが量産されるのか?
なぜ家庭内暴力が増加の一途を辿っているのか?
なぜ「今だけ金だけ自分だけ」の空気がはびこっているのか?
などの問題も「ニヒリズム虚無主義)」が深く関係しているのです。
そして、この問題に対し、100年以上前から偉大な賢人たちが警鐘を鳴らしていました。
現代における最も不気味な訪問者、それは「ニヒリズム」だとフリードリッヒ・ニーチェは言いました。
ロシア文学を代表する文豪ツルゲーネフが「父と子」においてニヒリズムを明確に描き、
かの有名なドストエフスキーも「罪と罰」で同様の問題を描き出しています。
日本においても、北村透谷、夏目漱石芥川龍之介太宰治三島由紀夫ニヒリズムに闘いを挑みました。
ただ残念ながらそれらは全て敗北に終わり、変わらず現代にニヒリズムがはびこっているのです。
しかし、このままニヒリズムと言う「精神の癌」を放置していたらどうなるでしょうか?
私たちの心は荒み、社会は荒れ続ける事になります。
私たちの子供や孫の世代に豊かな日本を残す事も出来ません。

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