伊勢雅臣のメルマガより

2022年3月6日

伊勢雅臣のメルマガより

インテリジェンスの専門家である丸谷元人氏とは違う見解を持たれている人がおられるようです。

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■1.プーチンの正体を見破っていた2人の論者

 ロシアのウクライナ侵略で、世界がプーチンの独裁者としての正体を再認識しました。いきなり戦車軍団がウクライナに侵攻し、重要施設をミサイル攻撃するとは前世紀的な暴挙であり、国連総会でのロシア非難決議で賛成141カ国というのも当然です。

 我が国では、一時期、ロシアが民主主義国、資本主義国となり、トランプ前大統領や安倍元首相とも仲がよく、中国包囲網に加わってくれるかも、という期待もありましたが、それが幻想であったこと明らかになりました。

 しかし、プーチンの正体を見破っていた論者が二人いました。一人は弊誌でも何度も登場いただいた北野幸伯氏。「今回もプーチンが『戦略的』『理性的』判断を下すとは限らない。そこで、ウクライナ侵攻の可能性が出てくる」と指摘していました[北野]。

 その根底には「平和に慣れた日本人と、戦国時代に生きるロシア人では、あまりに思考法、発想法が違う」との認識があります。[JOG(748)]

 もう一人、「プーチンは『英雄』ではなく、自分の権力と自国の領土拡張にしか興味ない強欲な『独裁者』である」と以前から「プーチン幻想」を警告していたのが、ウクライナ人の国際政治学者で、日本で活躍しているグレンコ・アンドリー氏です。[グレンコR03、p157]

 グレンコ氏も弊誌1121号に登場いただき、ロシアの思想宣伝が作りだしたウクライナの平和ボケが、2014年のロシアによるクリミア占領を招いた、と指摘しています。

 北野氏はロシアのスパイや外交官を育てるモスクワ国際関係大学を日本人として始めて卒業し、グレンコ氏はウクライナでロシアの脅威を体験してきた人物です。日本の温室の中で、お花畑思考をしている我々とは全く違った世界が見えるのも当然でしょう。


■2.NATOに入っていたら、どんな小さな国も侵略されない

 今回、プーチンが要求している事項の一つが、ウクライナNATO(北大西洋条約機構)に入れるな、ということです。その要求を通すためには、今回のような武力攻撃も辞さない、というプーチンの姿勢には、なぜNATO加盟がそれほど大事なのか、ピンとこないのが日本人のほとんどでしょう。

 この点は、ウクライナNATOに入ってしまったら、もはや二度とロシアは支配できない、とプーチンが見ていることを示しています。それほどNATOは強固な集団安全保障体制なのです。この点をグレンコ氏はバルト三国を例に説明しています。

 エストニアラトビアリトアニアのバルト3国はそれぞれ人口が3百万人以下、面積も北海道より小さい国々です。三国ともソ連崩壊までは、その支配下にありました。それぞれロシア、あるいはその飛び地であるカリーニングラードに接しています。しかもエストニアラトビアは、人口の4分の1がロシア人です。

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ユーラシア大陸に囲まれたバルト海はロシアにとって戦略的に重要な拠点であり、当然のごとくこの海を抑えたい。
 常識的に考えれば、ロシアにとってのバルト三国はすぐに捕まえられる獲物である。ところが、ロシアはバルト三国に侵略したくてもできない。バルト三国NATO加盟国だからである。[アンドリーR03、p42]
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 NATOに加盟しているということは、バルト三国の1国でもロシアが侵略したら、全加盟国が自国が攻撃されたと同様に受け止め、防衛に立ち上がるということです。したがって、ロシアとしては、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツをすべて敵に回して戦う覚悟を決めなければなりません。本物の狂人でもなければできない決断です。

 バルト三国と対照的なのが、ウクライナジョージアです。両国は2008年にNATO加盟の動きを見せましたが、却下されて参加できませんでした。その半年後、ロシアはジョージアを侵略し、領土の一部を奪いました。さらに2014年、ロシアはウクライナに侵攻してクリミア半島を奪いました。今回の侵攻は、その続きです。

 グレンコ氏はこう断言します。
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バルト三国よりはるかに大きいウクライナは侵略され、バルト三国は侵略されていない。その相違はまさに「NATOに加盟しているかどうか」という一点だけである。つまり、NATOに加盟しなければ、それなりの大きさのある国でも侵略される可能性がある。しかしNATOに加盟すれば、どんなに小さくても安全が保障されるのだ。[グレンコ、560]
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■3.ロシア帝国の支配からソビエト連邦の支配へ

 もう一つ、今回のウクライナ侵略で留意すべきは、北野氏の言う「平和に慣れた日本人と、戦国時代に生きるロシア人では、あまりに思考法、発想法が違う」という点です。プーチンに限らずロシア人一般の思考法、発想法が今回のウクライナ侵略に現れているのです。それはウクライナがロシアに侵略収奪された歴史を辿ってみれば、よく分かります。

 ウクライナは9世紀後半から13世紀半ばまではキエフ大公国、あるいはキエフ・ルーシ国と呼ばれる大国でした。

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キエフ・ルーシ公国は、中世ヨーロッパに燦然と輝く大国であった。最盛期のヴォロディーミル聖公の時代には、ヨーロッパ最大の版図を誇り、彼の息子のヤロスラフ賢公は、自分の娘たちをフランス、ノルウェーハンガリーの王に嫁がせるだけの力をもち、「ヨーロッパの義父」といわれるほどであった。[黒川、p37]
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 キエフ・ルーシ公国は13世紀半ばのモンゴルの征服によって滅亡し、その後の「タタールのくびき」と呼ばれる期間に、単一のルーシ民族であったものがロシア、ウクライナベラルーシに分化していきます。その後、ロシア帝国が強大化し、17世紀中葉には、ウクライナを支配するようになります。

 地味豊かで気候にも恵まれたウクライナは大穀倉地帯となり、「20世紀初頭では全世界の大麦の43%、小麦の20%、とうもろこしの10%はウクライナで生産されていた」といいます。[黒川、p165] またウクライナ東南部は石炭と鉄との大宝庫であることが発見され、ロシア帝国最大の工業地帯に発展しました

 ロシア帝国の一地方として支配されていたウクライナに独立にチャンスが訪れたのは、1917年10月のレーニンが指導するボリシェヴィキ革命の時でした。ロシア帝国の崩壊とともに、「ウクライナ民共和国」の樹立が宣言され、英仏はこれを承認しました。同時に、ロシア帝国支配下にあったバルト3国、フィンランドも独立します。

 しかし、穀物や石炭、金属などを産出するウクライナを、ボリシェビキは手放すつもりはなく、1921年末まで4年間も壮絶な侵略戦争を続けます。そして、最終的には独立勢力を打倒して、ソビエト連邦支配下におくのです。


■4.ソ連支配のもとでも悲劇

 ソビエト連邦の支配のもとで、ウクライナの苦難は続きます。最大の悲劇は、1932~33年にスターリン支配下でおきた大飢饉です。1931年のウクライナ穀物生産は無理な農業の集団化による混乱が祟って、対前年比65%の1400万トンに落ち込みましたが、ソ連政府は前年と同様760万トンと半分以上をとりあげました。翌32年も同様の凶作が続きます。

 農民は政府の調達に抵抗しましたが、

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党活動家の一団が都市からやって来て農家の一戸一戸を回り、床を壊すなどして穀物を探した。飢えていない者は食物を隠していると思われた。食物を隠している者は社会主義財産の窃盗として死刑とする法律が制定された。[黒川、p217]
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 この飢饉でどれだけの餓死者が出たのか、ソ連政府は伏せていますが、300~500万人との推計があります。ロシア本体では飢餓は発生しておらず、またこんな時期にもソ連は通常通り、穀物の輸出を続けていたので、スターリンウクライナ民族主義を弱めるために意図的に行ったジェノサイドだった、という説もあります。

 1939年8月に、独ソ不可侵条約が結ばれ、独ソはポーランドの分割占領に乗り出します。これが第二次大戦の引き金でしたが、それにソ連も加担していたのです。

 しかし、ドイツは翌年6月にソ連を奇襲します。スターリンはロシア伝統の撤退・焦土作戦を採用し、ウクライナ住民約380万人と850の工場設備をウラル山脈以西に避難させます。持ち運べない工場施設、鉄道、水力発電所は破壊され、炭鉱は水浸しにされました。

 この際に、ウクライナ蜂起軍が立ち上がり、ドイツ軍ともソ連軍とも戦いました。最盛期には10万人の兵士を擁していたといわれています。しかし、ドイツ軍が敗退すると、蜂起軍はソ連軍によって弾圧されました。

 第二次大戦では、ウクライナの人口の約6分の1にあたる530万人が死亡し、キエフの中心部の85%が破壊されました。[黒川、p2138]

 しかし、蜂起軍は第二次大戦後もウクライナ住民の支持を得て、反ソ・ゲリラ活動を続けました。ソ連軍は蜂起軍の家族、時には村全体をシベリアに流刑にし、1945~49年の間に50万人のウクライナ人が北方へ強制移住させられました。それでも蜂起軍のゲリラ活動は、1950年代を通じて散発的に続きました。

 ソ連のような全体主義体制のもとで、外国からの援助もほとんどないまま、これだけ長期間の抵抗を続けたウクライナ人の独立意思の強さには驚かされます。現在のウクライナのロシア軍に対する根強い国を挙げての抵抗も、この精神が継承されているのでしょう。


■5.ソ連崩壊でようやくの独立へ

 その後、ウクライナソ連第一の重化学工業地帯となりましたが、工場・鉱山の排出する汚染物質の垂れ流しで、南部、東部はソ連有数の環境汚染地帯となり、住民の健康被害が深刻になっていきました。

 それに輪を掛けたのが、チェルノブイリ原子力発電所の爆発事故でした。広島型原爆500発分の放射能が拡散しましたが、事故の情報が2日間も伏せられていたため、緊急の避難、救助ができず、何万という人々がいまだに後遺症に悩んでいます。

 豊かな穀倉地帯であり、工業地帯に発展していたウクライナは、大量餓死といい、環境・放射能汚染といい、ソ連から徹底した収奪を受けていたのです。

 1990年に始まったソ連崩壊の過程で、先鞭をつけたのはバルト三国でしたが、91年8月24日にウクライナが独立宣言を発したことで、崩壊を決定づけました。ウクライナはこの日を独立記念日にしています。国旗は上に青、下が黄色の二色旗で、青は大空、黄は麦畑の大地を表しています。

 こうしたウクライナの苦難の歴史を辿れば、帝制ロシアも、ソ連も、そして現在のロシア共和国も政体こそ変われ、常にウクライナを侵略し、収奪してきた事が分かります。


■6.「平和ボケ」で失われた平和

 しかし、こうした現実的な歴史認識は、その後のロシアの情報戦により失われ、人々は「これからは平和の時代だ」という「平和ボケ」にかかってしまいました。

 ウクライナが独立した時点で、旧ソ連の1500発以上の戦略核弾頭が国内にありました。しかし、核兵器を放棄するようアメリカとロシアの双方から「脅迫に限りなく近い非常に強い圧力」[グレンコR01,1104]がかかりました。

 ウクライナの指導者たちはこの要求をすべて呑み、「3年間ですべての核兵器を放棄する」という約束をしました。見返りは「米英露はウクライナの領土的統一と国境の不可侵を保障する」という覚書だけでした。こういう約束だけでは、自国の平和も独立も守れないのは、国際社会の常識です。核兵器が数発でも残っていれば、今回でも、ロシアは安易に手が出せなかったでしょう。

 強大な独裁国に対して、軍事力で劣る国が国を守ろうとすれば、独自の核兵器を持つか、NATOのような強固な集団安全保障体制に入るしかないのです。


■7.日本とウクライナは自由世界の「フロンティア」

 我が国もロシアの極東における隣国として、ウクライナほどではありませんが、脅威と侵略を受けています。日露戦争ノモンハン事件[JOG(355)]、スターリンの仕掛けた日中戦争[JOG(446)]、そして先の大戦末期の満洲樺太・千島侵攻[JOG(203)]、シベリア抑留[JOG(525)]などです。

 さらに近年は、中国がロシア以上の独裁大国としてのし上がってきました。北朝鮮も暴走を続けています。グレンコ氏は、日本とウクライナ地政学的には同じ位置にいるとして、こう指摘してます。

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日本とウクライナはそれぞれ、自由世界の「フロンティア」である。つまり両国は、自由・民主主義の文明世界と、独裁主義の非文明世界の境目にあるということだ。[グレンコ、p266]
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 そして、「日本とウクライナが両国とも巨大な軍事同盟に加盟して強国になれば、間違いなく世界平和の維持に繋がる」と主張しています。具体的には日米同盟を基軸として、オーストラリアやニュージーランドなど太平洋での自由民主主義国で集団安全保障体制を構築し、それとNATOとが連帯ないし合併することです。

 私見ですが、これに台湾や東南アジアの民主主義国も入れるべきでしょう。さらにインドも加われば、まさに大西洋、インド洋、太平洋と、ユーラシア大陸を包囲する地球規模のシーパワーの集団安全保障体制となります。その強大な抑止力により、中露北朝鮮などの侵略を押しとどめることができるでしょう。これは現時点において、最も現実的な世界平和への道だと考えます。
(文責 伊勢雅臣)