真珠湾は罠だった(改訂版)

1941年12月8日未明(ハワイ時間12月7日)、日本の連合艦隊アメリカのハワイ諸島
オアフ島真珠湾にあるアメリカ太平洋海軍基地を奇襲攻撃した。
作戦は成功に思えたが、アメリカの罠だった。
アメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領は戦争しないと公約して大統領になったが、
戦線はドイツ・イタリア・日本の枢軸国の有利に進んでいた。
アメリカに戦争に加わるようにヨーロッパ各国から要請があったが、公約上では
戦争に参加できない。ルーズベルトは戦争をしたくてしょうがなかった。
日本の連合艦隊司令長官のである山本五十六は最初はアメリカとの戦争には反対していた。が、何故か山本五十六と海軍元帥の永野修身アメリカとの戦争に切り替わった。
軍部はアメリカとの戦争は望んでいなかった。アメリカとの戦争はあり得ないと言う意見で一致していた。
秋丸機関はもし日本がアメリカと戦争したらと言うシミレーションを何回もやっていたが、全て「日本の敗戦」と言う結果が出ていた。
アメリカを怒らせるのは反対だった。天皇陛下も戦争には反対だった。それをソ連コミンテルンが日本国内の共産党員を操ってアメリカと日本を戦争させて両者とも疲弊させて
共産主義革命を起こすのを狙っていた。それで、近衛文麿の側近でソ連のスパイの風見章に操られていた尾崎穂積と蝋山政道と有沢広巳に焚きつけられたのが永野修身山本五十六だった。
風見章と蝋山政道と有沢広巳は罪に問われることもなく戦後ものうのうと生き延びている。海軍大将の米内光正も山本五十六を焚きつけていた。
日本海軍はアメリカとの戦争には大反対。山本五十六が「反対する奴は出ていけ!」と言ったもんだから、しょうがなく話は聞いた。
永野修身は山本に賛成したというよりも山本に許可して起こしたのが真珠湾の奇襲攻撃です。。(戦後、永野は巣鴨プリズンで窓ガラスを破られて寒さのあまり肺炎になって
病院に送られたが、亡くなった。アメリカに上手く始末されたのです。)永野修身は戦後巣鴨プリズンで尋問された際に「山本五十六真珠湾攻撃をやらしてくれないのなら
辞めちゃうもんと言ったから、辞められたら困るので、真珠湾攻撃を許可した」と言っているのが記録に残っている。
が、軍令部はアメリカを怒らせるような事には大反対だった。連合艦隊も反対していた。
少なくともフィリピンを占領してもすぐアメリカに返してアメリカを決して怒らせない。そしてインドシナに南下してイギリスやオランダやフランスの支配から東南アジアを開放して
インドネシアの石油を確保して、西に進んで(海軍が陸軍を現地まで輸送する)蒋介石の補給路を断ち、蒋介石を落として日華事変は終焉させて
インド洋に出てイギリスの補給路を断ち(海軍と陸軍の共同作戦を実行)、インドの独立を支援して中東でロンメル将軍の率いるドイツ軍と合流する作戦を秋丸機関が
大本営に上奏して立てていた。それで天皇陛下は戦争に渋々と賛成された。
真珠湾の攻撃は1年前から五十六の主導で極秘で進められていた。山本五十六真珠湾を奇襲してアメリカ海軍の艦隊と空母を殲滅してアメリカに大打撃を与えて
それによってアメリカ人の戦意を喪失させて戦いを有利に進めて半年か1年以内にアメリカと講和を結ぼうと作戦を練って
ついに大反対を押し切って真珠湾を奇襲した。
真珠湾の奇襲も御前会議では秘密にしていて1941年11月になってからどさくさに紛れて天皇陛下に上奏した。それも日本海軍と陸軍が南方に出てインド洋に進出するという手助ける
程度だと上手く天皇陛下を騙した。東条英機は開戦2週間前になり初めて知り、山本五十六を説得しようとしたが、上手く行かず。開戦2日前に東条英機天皇陛下
アメリカと戦う事にになりました。申し訳ございません・・・」と涙ながらに報告している。
真珠湾を奇襲するために択捉に集まっていた艦船や空母は北太平洋をハワイ沖に進行していたが、みな本当に攻撃するとは思っていなかった。
アメリカとの交渉が上手く行って直前で引き返すものと思っていた。が、アメリカのハル国務長官が出した返事はハルノートと呼ばれてとても日本には受け入れがたいものだった。
そのハルノートの原稿を書いたのはソ連のスパイ「ハリー・デクスター・ホワイト」でした。ルーズベルト政権はソ連のスパイが動かしていたのです。
日本とアメリカを戦争させるためです)。フランクリン・ルーズベルトも相当共産主義に傾いていた。日本も国賊近衛文麿ソ連のスパイたちが日本を牛耳っていて、
日本とアメリカを戦わせようとしていた。
引き返すつもりでいたが、本当に奇襲する事になった。とうとう真珠湾を奇襲した。
が、肝心の空母は1隻もいなかった。攻撃が成功したとみんなが沸き立っていたが、
山本は負けたと思った。肝心の空母がいなくて目的が果たせなかったからだ。
1969年か1970年の映画「山本五十六」で三船敏郎演じる山本五十六真珠湾に空母がいなかったのを知って「この戦争は負けた」と思った。
私はその映画を見て、ルーズベルトは知っていてわざと真珠湾奇襲をやらしたんじゃないのかと思っていた。2004年に事実が公表されてそれが本当だったと知った。
実はルーズベルト真珠湾の奇襲攻撃を知っていた。アメリカの情報網は恐ろしく凄かった。1940年9月にアメリカは日本の暗号を解読していた。
日本の情報は筒抜けだったのですが、アメリカを牛耳っているソ連のスパイと一部の人しか知らせていなかったのです。
ハワイの太平洋艦隊の司令官も蚊帳の外でした。アメリカは兵士たちを捨て石としか扱っていません。
第2次世界大戦も太平洋戦争もベトナム戦争中東戦争も・・・などなど。
アメリカは1940年9月に日本軍の暗号解読に成功していてもう真珠湾を奇襲するのを知っていた。ルーズベルトと一部の人だけ(ソ連のスパイです。
ルーズベルトの側近はソ連のスパイばっかりでルーズベルトスターリンの思い通りに操っていたのです)です。

が、ルーズベルトはハワイの太平洋艦隊司令官にも知らせずに自分たち側近(ソ連のスパイ)で内緒にしていた。
もし日本が攻撃してきたらそれを口実に日本と同盟を結んでいたドイツとイタリアにも
日本にも宣戦布告できる。
3隻の空母と最新鋭の戦艦や巡洋艦駆逐艦ルーズベルトの計らいで明目をつけて他の所に演習という名目で駆り出していた。日曜日なのに演習かと空母の艦長や船員たちは驚いていた。
アメリカの国力をもってすれば、戦艦や巡洋艦駆逐艦などはまた修理するか作り直せば
良かったのだ。ルーズベルト真珠湾の司令官も欺いて日本を罠にかけたのだ。
これは公然の秘密です。知っている者だけが知っている。そして日本は宣戦布告なしに
アメリカを攻撃した卑劣な国として後は皆の知っての通りです。
山本五十六のやった事はただアメリカ人の日本憎しに火をつけて戦意を高揚しただけだった。それまで戦争に反対していたアメリカ市民は男性は軍隊の入隊志願が相次いだ。
つい最近になってフランクリン・ルーズベルトたちは真珠湾尾奇襲攻撃を知っていてわざとやらせたと機密文書が公開されています。トップシークレットでした。
またヴェノナ文書により当時ソ連のスパイがたくさんいてルーズベルト政権を動かしていたと言う事実も明らかになった。
(また宣戦布告が間に合わなかったのは駐米アメリカ大使館の落ち度で暗号を解読して、それをタイプライターで打っていて書き間違えたらまた1からやり直してという
もたもたしているうちに開戦前30分にアメリカに宣戦布告するという大事な事に間に合わなかったのですと言う事になっていますが、野村大使がハル国務長官に手渡したのは
ハルノートに対しての交渉打ち切りの返書です。宣戦布告をして戦争開始になった例は1945年8月8日にソ連が日ソ不可侵条約を一方的に破棄すると宣言した意外に
事例がありません。日本は1945年12月8日(日本時間)戦争開始と共ににアメリカとイギリスに正式に宣戦布告しています。)
真珠湾の奇襲とマレー半島の占領で日本が沸き返っている頃、近衛文麿首相と風見章司法相は「この戦争は負けた」と記録に残っている。

(なお、次のような事実があります。
真珠湾攻撃の1時間前に、米海軍は日本の潜水艦を撃沈していた!!。
ルーズベルトは、11月30日に「日本攻撃命令」を発し、これに基づき、駆逐艦ウォード号は、真珠湾攻撃の1時間前に、公海を航行していた日本の潜水艦を攻撃し、海軍司令部に「日本潜水艦を撃沈セリ」との暗号電報を発していた。
米上下両院の調査委員会報告(ロバーツ委員会)の記録、1942.1.23による。
占領軍は、この事実を巧妙に隠しとおした。)

https://tarobee8.hatenablog.com/entry/2022/09/11/073110?_ga=2.92566941.1456409763.1646445451-1208392758.1646445451

これは事実でこれと似ているのが、2001年9月11日の同時多発テロです。
どうしても戦争をしたくてしょうがなかったブッシュ・ジュニア大統領が知っていてわざと
やられた振りをして(911の事件はアメリカの自作自演です))アルカイダ憎しの国民感情を煽ってアメリカをベトナム戦争のような
泥沼の戦争に導きました。
ルーズベルトブッシュ・ジュニアも戦争をしたくてしょうがなかったのです。
これは事実です。
フーヴァー元大統領が事実を暴露しています。
狂人ルーベルトと称しています。
フーヴァーとマッカーサーは1946年5月に東京で3日間にわたって太平洋戦争とはどのようなもので
あったのか話し合っています。その中で両者ともアメリカが日本に圧力をかけて挑発して戦争を始めさせたのだと話しています。
ハーヴァート・フーッヴァー元大統領(1964年没)は「フリーダム ビトレード」という本を書いていて暴露していますが、
家族や親族の意思に寄って47年間本として発刊される事はなくて死後47年ぶりにやっと本として出版されました。「失われた自由」という意味の題名です。
分厚い本で読むのには相当の根気が必要です。
それを要点を日米戦争に絞って書きだしたのが藤井厳喜先生の「太平洋戦争の大嘘」です。私も読みました。
真珠湾の奇襲攻撃をルーズベルトチャーチルが電話で話し合って
大喜びしたのも事実です。

とうとう日本は圧倒的なインテリジェンス(情報戦)の差に負けて(日本には十分なインテリジェンスがあったが、瀬川龍三というソ連のスパイによって得た情報は
大本営上層部に届く前に握りつぶされていました)絨毯爆撃や原爆投下なども
アメリカにやられてしまいました。歴史が大嘘の話で塗り固められているのです。
戦争前にアメリカが日本を挑発したり、戦争中に日本から講和の話があったのも隠されています。
日本からは天皇の国体維持を前提に何回も降伏を申し出ていますが、無視されています。
具体的にはスウェーデンを通じて、スイスを通じて、バチカンを通じて、当時まだ日ソ不可侵条約があったソ連を通じてなどなどです。が、トルーマンチャーチルは拒否と無視。
チャーチルの計画通りにアメリカが原爆を投下して人体実験をするまで日本の降伏を認めなかったのです。
アメリカはどうしても原爆の人体実験をしたかったのです。原爆投下が戦争終結を早めて
戦死者を大幅に減らしたと言うのはアメリカの大嘘です。マッカサー率いるアメリカ陸軍は海兵隊や海軍のような華々しい戦果はあげていません。
それで戦後陸軍が冷遇されるのを恐れたマッカーサーが瀕死の日本に必要のない原爆を2個も落としたのです。
大ウソが事実としてまかり通っています。私と兄や妹の関係と似ています。
とにかく日本を悪者にして事実を捻じ曲げてそのことが未だに事実としてまかり通っています。
許せんです。
太平洋戦争という言葉もアメリカが作ったのです。本来は「大東亜戦争」です。日本が欧米の支配からアジアの人々を開放して有色人種による
大東亜共栄圏を作ろうとしたのです。多くのアジア・太平洋地域の人たちから感謝されています。日本がアジア、太平洋、アフリカの独立を促す事になったのです。
しかし、朝鮮半島や中国はそうでないと言って未だにありもしない事で言いがかりをつけています。朝鮮半島や中国人の言う事は大ウソです。
その後のGHQの日本人の骨抜き政策を強行してマッカサーの強い日本を2度と見たくないという事を実行して日本国憲法の原案をGHQが作って天皇の命と引き換えにと脅して
今の憲法を押し付けたのです。
未だにGHQの骨抜き政策がまかり通っています。憲法9条はアメリカの押し付けです。日教組やマスコミの東京裁判史観をこれでもかと教え込んで大ウソの歴史を教えて、
日本人はすっかり平和ボケして、自分の国を守らない憲法9条のお陰で平和だと信じています。
強いアメリカが駐留しているので外国が手を出せないだけです。アメリカが撤退したらどうやって日本を守るんだ。まあ、アメリカはいざとなれば日本を助けてはくれませんが。
最近になって、アメリカはいざとなれば助けてくれないと分かりましたね。
なをGHQの作成した憲法の原文では憲法9条は憲法8条です。日本語訳する時に後世に「これは憲法窮状」だと皮肉を込めて憲法9条にしたのだと個人的には思っています。

なお、太平洋戦争前のアメリカの中枢部にはソ連のスパイが349名もいてそのスパイの代表格が
ハリー・ホワイトです。ソ連コミンテルンアメリカにアメリカ人のスパイを送り込んで
日本がアメリカと戦うように仕向けたのです。戦後の処理についての日本の北方領土の事も
ホワイトがルーズベルトに資料を見せないようにして戦後ソ連北方領土を占領してしまいました。
ルーーズベルトがその資料に目を通せないようにしたのです。もし、ルーズベルトが目を通していれば
北方領土問題は起こらなかったのです。そうしたのもソ連のスパイたちです。ヤルタ会談でもうすでに日本の海外の領土は割譲するのは決まっていましたが、
ルーズベルト認知症気味でそういった事も忘れてソ連に譲歩しまくっていたのです。
だから太平洋戦争の本当の仕掛け人はソ連です。スターリンがスパイを使ってルーズベルトを操っていたのです。
本当の敵はソ連だったのです。それを資本主義国同士を戦わせて疲弊させて共産主義革命をやろうとしていたのです。
戦うならドイツがソ連を攻めていた時に日本は南進論は止めてソ連に攻め入って西と東にソ連の兵力を分断していればドイツと日本が勝っていた可能性が高かったのです。
コミンテルンの後を継いだのが中国共産党です。世界制覇を狙って色々と情報戦をやっています。
もう日本にも魔の手が伸びてすでに上陸しています。アメリカ軍を撤退させようとしていて、もしアメリカ軍がいなくなれば
日本はあっという間に中国に侵略されてウィグルの二の舞になります。アメリカ軍がいても守ってくれない事が最近分かりましたが。
2020年のアメリカ大統領選にも中国共産党が裏で糸を引いています。
もう日本は日本自身が守るべきです。自分の国は自分たちで守ろう。日本人よ早く覚醒せよ。

みなが大反対した真珠湾奇襲のために日本陸軍は当初の南下してインドシナインドネシアを白人の手から解放してインド洋に海軍を展開して海軍が陸軍を輸送して
陸軍はインドを独立させるために
進軍して、海軍はイギリスの補給路を断って陸軍は中東でドイツ軍と合流すると言う
計画はパーになりました。アメリカを戦争に巻き込んだために日本陸軍も海軍も南太平洋でジャングルでの戦いと言う本来なかった戦いを余儀なくされました。
そして日本の勢力の及ばぬ範囲まで戦況を拡大して陸軍も海軍も悲惨な目に遭いました。
全て山本五十六永野修身の強硬姿勢のせいです。山本五十六は名将ではありません。日本を破滅に導いた張本人です。
なお、ソ連のスパイでルーズベルト政権を固めたのはロスチャイルド家が裏で糸を引いていたと言う説もありますが、本当のようです。

なお、近衛文麿の側近で司法相の風見章が日米開戦をやらかした連中を裏で操っていました。関係図の画像があります。以下に載せておきます。

 

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なお、2004年にアメリカでは情報公開されてから近年では少なくともハワイでは真珠湾攻撃を仕掛けさせたのはアメリカ側だったと言う認識になっています。
「リメンバー・パールハーバー」と言う言葉はもう死語になっています。
でもソ連が裏で絡んでいるのはまだ認識されていないようです。

またアメリカに対する宣戦布告が遅れたというのもウソで、野村大使はハルノートに返書として、交渉終了の文書を手渡しただけです。
以下の通りです。

中村信一さんのフェイスブック投稿より

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パールハーバー攻撃はだまし討ち 」とねつ造したのはルーズベルト
日本海軍のハワイ真珠湾奇襲攻撃は、日本がアメリカに宣戦布告をする前であった。
『だまし討ち』をされたアメリカ国民は激怒し、「 リメンバー・パール・ハーバー!」 の名の元に、国民が一丸となり、日本との戦争へ突入した。
学校で学び、テレビや新聞・雑誌の特集で確認し、感動的な映画を鑑賞し続けたこの歴史を、私たち日本人は疑うことなく信じ、反省し、戦前の日本人を私たち戦後世代は批判してきました。
果たして、本当に、そうだったのでしょうか?
真実は、『 だまし討ち 』 など、一切 していなかったと言ったら、どう感じますか?「何をバカなことを」と一笑に付すでしょう。
しかし、「 真実は小説よりも奇なり 」
真珠湾攻撃の真実とは、『 宣戦布告が遅れた 』 などということは一切なく、世界の開戦慣例にのっとり、しっかりと、天皇陛下の名の元に宣戦布告がなされていたのです。
現に、パールハーバー攻撃が開始される数時間前、マレーにおいて日本陸軍との戦端が開かれたイギリスでは、「 だまし討ち 」 など一言も触れていません。
私たちが信じてきた、宣戦布告が遅れたなどというのは、実は、笑止千万な話なのです。
「宣戦布告」というものは、右往左往して出すものではありません。
戦争前に宣戦布告を書面にして相手国に手交し、その後、戦端を開くなど、どこの国もやったことのない事例です。
「今から開戦します」 「さあお互い頑張りましょう」 という戦争は、現実には起こりえないのです。
それまでの世界の戦争慣例では、一発目をくらわせてから、自国の国民に向かって発表するのが 『 宣戦布告 』 の手続きです。
日本も、真珠湾及びマレー半島の攻撃を開始した後、天皇陛下の名の元に宣戦布告 『 米英両国に対する宣戦の詔書 』 を大本営から出す手順がしっかりとあり、実際そのようになされました。
その文章は、歴史家の徳富蘇峰(とくとみそほう)が起草した立派なものでした。
何故、宣戦布告が遅れ 「 卑怯なだまし討ち 」 となったのか
暗号解読及びタイピングに手間取り、野村吉三郎駐アメリカ大使と来栖三郎特命全権大使が慌てふためきながらアメリ国務長官コーデル・ハルに手渡した書類は、実は、宣戦布告書などではなく、ハル・ノート(※ 巷では「 実質的な最後通牒 」などともっともらしく語られているが、これも間違いである )に対する、単なる返答でしかない 「 交渉打ち切り通告 」 だったのです。
本来は、渡す必要すらなかった 「 交渉打ち切り通告 」 を几帳面に手渡したばかりに、ルーズベルト大統領によって、厭戦(えんせん)気分が蔓延(まんえん)していたアメリカ国民を戦争に駆り立てるべく、いいように利用されてしまったというのが、歴史の真実なのです。
「 日本に、だまし討ちをされた!」 となったのは、第1次世界大戦で自国とは関係のないヨーロッパの戦場で多くの若者が死に、厭戦気分が蔓延していた当時のアメリカ国民を一気に戦争へと向かわせるため、ルーズベルト大統領が策略した 『 作り話 』 でしかなかったのです。
ルーズベルト大統領は、対独戦で劣勢であったソ連とイギリスを助けるべく、ドイツと開戦する理由作りのため、そして支那(中国)の利権を我が手に奪い取るため、アメリカの若者たちを戦場へ送り込むべく、アメリカ国民の激しい怒り、感情的爆発を起こす「事件」を創り出す必要があったのです。
「だまし討ち」をアメリカ政府が言い続け、アメリカ国民が信じることは、アメリカ合衆国国益にかなうことなので、何の問題もないでしょう。
問題なのは、そのことで国益を損ねる日本人までもが、戦後70年近く経った今でも 『 間違った歴史 』 を学校で教えられ、テレビや映画で放映され続けた結果、「卑怯なだまし討ち」 を信じ続け、過去の日本人は悪かったと反省し、懺悔(ざんげ)し続けていることなのです。
加えるならば、アメリカの方が先に、日本に対して宣戦布告をせずに戦端を開いていた事実を、日本人は知らなさすぎます。
なお、日本時間の12月8日11時45分、日本政府は、米英加豪4ヵ国の駐日大使を呼び 「 宣戦布告書 」 を手交したとする、歴史学者もいます。
また、肝心のアメリカは、第2次世界大戦以降、21回もの戦争もしくは武力行使を仕掛けましたが、戦争開始前に宣戦布告書を手交したなどとは、ついぞ聞いたことがありません。
このような「重要な問題」ですらこの有様ですから、その他、数多(あまた)ある歴史事実についても 『 真実の歴史 』 など、私たち日本人は、知らされていのではないでしょうか。
宣戦布告が無いのは世界の常識
ヨーロッパで繰り返されてきた幾百・幾千という戦争、ヨーロッパ諸国やアメリカ合衆国によるアジア・アフリカ・中東諸国への侵略戦争、第1次世界大戦しかり、第2次世界大戦の端緒となった独ソのポーランド侵攻やドイツのヨーロッパ侵攻そしてドイツのソ連侵攻、連合軍に加盟した多くの国々も、そしてソ連が日ソ中立条約を破り満州への侵略を始めた時も、事前に宣戦布告などありませんでした。

パールハーバー攻撃はだまし討ち」とねつ造したのはルーズベルト
http://rekisi.amjt.net/?p=3518&fbclid=IwAR2pu8nTOgmOqX7zbXiy29Ez6Rl-VHYQqN1GJ_L8tYn2Qoiu1BK1X6u09hc

宣戦布告をして戦争を開始した事例は1945年8月8日にソ連が日ソ不可侵条約を破棄すると一方的に宣言した意外には事例がありません。
1941年12月8日に天皇陛下詔書で、アメリカとイギリスに対して、戦争開始直後に正式に宣戦布告をしています。

「宣戦布告」せずに戦争を仕掛けたのはアメリカだった。
http://rekisi.amjt.net/?p=193&fbclid=IwAR057lmwugD1gwANb5RD7Nubnf7vVMctCIhGc_fUUk4TbqOQVCV1X1T7IOc

アメリカの方が先に日本に対して戦争行為をしていた事が書いてあります。もちろん、教科書には載りませんし、アメリカ国民でも知っている人は極少数派です。

なお、北方領土を占領するように手助けしたのはアメリカだったと言う情報もあります。アメリカの海軍の艦船をソ連に引き渡すために星条旗を降ろしている画像があります。2022年12月7日の「さくら子さんのブログより」に掲載してあります。
次いに竹島を韓国に占領すあせたのもアメリカです。アメリカは色々な卑怯な手を使って日本を貶めています、今でも続いています。

tarobee8.hatenablog.com

https://tarobee8.hatenablog.com/entry/2022/12/07/210513?_ga=2.60191277.1456409763.1646445451-1208392758.1646445451


それで、それに反発して親中になる国会議員や要人が多いんですが、中国共産党アメリカよりもっと悪辣ですので、アメリカとも中国ともに将来は縁を切って対等な関係になるべきです。