コリアンは自分より強い者には媚びへつらい、自分より弱いと見たら、物凄く
攻撃的になります。
日本は敗戦までは朝鮮半島で色々とコリアのために尽力しましたが、
手のひらを返したように敗戦後は態度が一変して、悲劇があちこちで
起きているそうです。
今の日本政府もコリアンの集団ですから、日本人を奴隷化して、搾取して
大喜ぶしているんです。本来の日本人のための日本を取り戻しましょう。
Aigi Hiroさんの投稿より
21時間
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昭和20年8月15日に起きたこの事件は、
『 日本人と朝千人の気質 』を表した恩を仇で返す、尤もな実話だと思います。
■【 和夫さん一家サツ害事件 】
キム・ワンソプ氏
日韓併合時代、朝千に移り住んだ日本人の中には、明らかに立派な人々も多かった。
日本の公務員だった和夫は、移住政策の一貫としてのK国へ移り住んだ。
普段から人情に厚かった和夫は、小作料を収穫全体の10分の1しかとらず、村人達を家族のように考え、朝千総督府の法令で規定された小作料の中から最低限しかとらなかった。
貧しい朝千の小作人が食べ物が無いと哀訴すると、喜んで食べ物を分け与え、村で誰かが亡くなると、家族全員が駆けつけて食事の用意はもちろん、自ら慟哭までして悲しみを分け合った。
和夫は近くに行き場のない孤児がいると、連れ帰って面倒を見ていたがその数は一人、二人と増え、四、五年たつといつのまにか私設孤児院規模にまで増えてしまった。
けれども、和夫夫婦はこれら孤児たちを家族のように愛し、自ら喜んで彼らの父、母を称した。
しかし彼らは、日本が降伏宣言をした1945年8月15日、自分たちが育てた朝鮮人孤児たちにより、凄惨に殺害された。
その日、彼がわが子のように育て、東京帝国大学に留学までさせたAの主導下に、彼の家で教育を受け、育ち、成人した青年たち13人が、斧と鍬、スコップを手に、和夫のもとに押しかけた。
間髪入れず鍬が、和夫の後頭部に振り下ろされたのと同時に、数多くのスコップと斧が彼の体をずたずたに引き裂きはじめた。
そのあと、なんと13人がかりで、ほんの一週間前までお母さんとして恭しく仕えていた和夫夫人を強姦しはじめた。
彼女は集団強姦の途中で虐殺され、Dはふだんお母さんと呼んでいた彼女の全身を滅多刺しにするだけでは足りず、彼女の内臓をひきずり出して、まき散らした。
和夫さんには「ひみこ」という娘が一人いた、普段から模範的で良い子だったひみこは、学校が終わって家に戻り、両親に起きた惨状を見ると、気が触れてしまった。
ひみこの慟哭は何日も続いた。その後、孤児となったひみこは、食べ物乞いに村を回ったが、誰一人見向きもせず、知らないふりをした。
結局、ひみこ(10歳)は9日後、村の橋の下でやせ衰えた死体となって発見された。
和夫の財産は、和夫が精魂込めて大切に育てた朝千人孤児達の手に丸ごと渡り、この事件は、村人達の沈黙の中で徐々に忘れ去られていった。
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せめて娘さんだけでも、
和夫さん夫婦に世話になった人々が手を差し伸べることは出来なかったのだろうか、、、
この事件は、戦後朝千半島で起きた虐殺事件の氷山の一角だと思います。
日本が敗戦濃厚になった頃に結成された朝千共産党軍とソ連軍、朝千民間人よって、
北から南へ逃走中の日本人は土地家屋財産などすべて奪われ、日本人婦女子は草むらや路地裏に引きずられ強姦され、片っぱしからサツ害され、遺体からは金歯を引き抜かれました。
残留孤児はシナ大陸にはわずかながら居るのに、半島には存在しない。
〜この実話は、和夫さん一家で孤児として育てられたキム・ソンス少年の証言を元に、キム・ワンソプ氏が本にしたものだそうです。
キム・ワンソプ氏
「なぜ日本の蛮行は暴くのに、朝千人は自分たちの汚い利己心と低別な根性には目をつぶるのか! 朝千に移り住んだ日本人には立派な人が多かった」
⚠️この本は K国で「青少年有害図書指定」され、その後発禁となる。
🌟資料〜戦後、朝千半島で虐殺された日本人
https://tainichihate.blog.fc2.com/blog-entry-359.html...
↓併合時代に日本が半島を近代化した建物は今も多く残っています。