2020年11月28日

昨日は植木屋さんの対応を兄の代わりにした。今日も植木屋さんが我が家に挨拶に来られたので、装具を締め直していて
出るのが遅れた。昨日話した隣の車は新しい駐車場の4番に停めてもらっている。昨日兄から電話があって隣の車が・・・
と言うので「もう知っている。言ってある」と言って植木屋さんの事も自分の事は自分でするように言って聞かせた。
分かった、分かったと言っていたが、兄の「分かった」は「分からん。お前の言う事など聞くか」だ。また琥珀
毎年12月の定期消防検査も・・・ポンプに早めに予約しておいて、学校の授業があるのなら冬休みの都合のいい日を
早めに予約しておくように、また自分で立ち合いに行くようによく言って聞かせた。また「分かった。分かった」だ。
分かっていないだろうなあ。自分の事は自分でするという至極当然の理屈が兄には理解できていない。今日は土曜日
なので兄が植木屋さんに対応すると思っていたら今日も出かけている。学校は休みだから剣道だ。こういう時には
剣道はお休みにしてちゃんと庭がどのようになっているか、どのようにして奇麗にしてもらっているのか自分の目で
確認するのが筋というものだ。が、兄は自分の都合を優先させて私に依存しきっている。もうこれは重度の依存症だ。
母が存命中も兄は何もかも私にやらせておいた自分は何もせず。ただ長男と言うだけで威張っていた。私は毎日
休みの日もなくて母の介護と母の仕事の代理と物件の野良仕事と広大な母の庭仕事で忙殺されて来た。誰も代わりに
なる者がいない。私は凄いストレスの連続で心も体も悲鳴を上げて、色々な病気になって4つの医療機器間に受診している。
が、兄や妹たちは私が鋼鉄の体と心で出来ていていくら無理しても壊れないと、いい気になって私をこき使ってきた。
私は機械ではない。機会でもちゃんとメンテナンスをしてやらねば壊れてしまう。ましてや私は生身の人間だ。
おまけに私のやっている事は全て兄がやっているかのように親戚や学校の生徒や剣道の生徒たちに大ウソを言って
大ウソで塗り固めている。母をもうこのままでは共倒れになるからと入院させたら、人目があるもんだから毎日病院に
行っては親孝行気取りのパフォーマンスに明け暮れていた。そして私はとても忙しくて自分の受診もあるし、とても
毎日は母の所にもいけない。家にいる時はすぐ隣なので毎日通いで母の介護をしてきたが、老人専門病院では距離が
遠くてそれまでのように毎日行けない。兄は暇なもんだから毎日行く。病院では兄が親孝行物で私は親不孝者になっていた。
兄は何もせずに何も知らずに母の財産などがどうなっているのかもサッパリ分かっていなかった。要る事はせずに
要らん事ばかりしては要らん用事を作っては私が兄の尻拭いもしてきた。忙しいのがさらに忙しくて目も当てられない。
兄が要らんことをしてもう廃止する事にしていたアパートの募集に行った結果、佐東君枝がやって来て例の車検が遥か
昔に切れた車を持って来て大事になった。いくら抗議しても応じずに、車検の遥か昔に切れた車を盾に居座り続けた。
佐東君枝が母よりも先に亡くなって相続人全員が遺産相続を放棄して大事になった。が、兄はまるで他人事で我関せず
だった。兄を恨んだ。佐東君枝とその身内も恨んだ。母が死んでから死後の手続きも準確定申告もその他色々な
手続も全て私がした。兄は何もせず。兄弟たちは母がもの凄い大金持ちで自分たちは凄い大金持ちになれると思い込んでいた
大バカ者どもだ。母に莫大な負動産を膨らみ上げさせて莫大な借金漬けにしたのも兄だ。何も知らない者が要らざることを
するな。私は母の遺産を目録にして色々な相続パターンを書いて提案した。みながっかりしていた。当てが外れて
母がこんなに負動産を持っていて莫大な借金をしているのを知らなかって馬鹿に付ける薬はない。みな金がない金がないと
言って自分たちが兄のせいで現金が少なくなっていいるのにN家の大功労者である私を差し置いて私がもらった現金は
極く僅か。税理士さんが怒っていいた。大功労者に対してたいそう無礼ですねと。兄には責任を取ってもらって
母の莫大な負動産と借金を相続させた。税理士さんが「あなた(私の事)だから出来るんであってお兄さんでは無理だと
思うんですよ」と言われたが、私はもう毎日が月曜日の生活は嫌ですと断った。兄の依存症はまだ続いている。
いつまでも私を当てにしてもらっても困る。最初から私が代わりにやってくれるという大前提がありきだ。これでは
困る。大迷惑だ。自分の事は自分でせえ!!!依存もほどほどにしろ。この大バカ者目が。